​《アクセス》

​《道場案内》

​《新着情報》

兵法タイ捨流龍泉館

住所:〒869-4224

熊本県八代市鏡町塩浜307-2

tel:0965-37-8009   

Email:taisharyu.ryusenkan@gmail.com

〇定例稽古〇

毎週土曜日(鏡武道館)19:00~21:00

​見学可能

〇短期集中鍛錬〇

不定期(本部道場 龍泉館および鏡武道館)10:00~16:00​

〇子供稽古〇

​毎週土曜日(鏡武道館)18:00~18:45

【熊本県外】

 ・兵法タイ捨流関西支部(大阪)

  師範より直接指導を受ける事が可能。入門、見学可。

 ・稽古会(自主稽古)

  香港兵法タイ捨流(Hong Kong, China)

  関州兵法タイ捨流(東京)

  薩摩兵法タイ捨流(鹿児島、霧島)

  豪州兵法タイ捨流(Sydney, Australia)

  肥前兵法タイ捨流(佐賀、嬉野)

  欧州兵法タイ捨流(Turin, Italy)

​  安芸兵法タイ捨流(広島)

​当流の最新情報は、各SNSサイトでご覧になれます。

​《各種お問い合わせ》

​入門ご希望の方やご質問は、

        こちら(お問合せ)

             より、お問合せください。

© 2019 Hyoho-Taisharyu-RYUSENKAN

書籍等掲載情報

【ドキュメンタリーフィルム制作・販売】

[Announcement/advertisement]
A new movie produced and released by Jidai Net
We are pleased to announce the release of a new documentary film - "Hyoho Taisharyu".

戦国の世から伝わる「兵法タイ捨流の技(型・居合・組太刀)・歴史・道統」を記録すべく、
演武・インタビュー・過去の記録写真などを収録した動画が、この度オンラインで販売されました。

始祖 丸目蔵人ゆかりの地(八代市・人吉市・球磨郡)での野外演武をはじめ、
国宝青井阿蘇神社・人吉城跡・観蓮寺・宗覚寺など神社仏閣にて撮影を行いました。

「兵法タイ捨流とは何か」知りたい方は是非ご覧ください。
海外の皆様には勿論、日本の皆様にも満足して頂けることと思います。

----------
【動画の購入はこちら】
You can purchase a full version (U$30.00) at:
Watch Modern Day Samurai Movie Online
http://watchsamuraimovie.com/

52分のmp4動画、価格は30米ドルです。
日本語の音声と同時に英語字幕が表示されます。
制作会社・配給:Jidai Net
----------

[Outline]
A documentary film about a group of modern day samurai, 
who train in a 450 year old traditional style of Japanese swordsmanship - “Hyoho Taisharyu”.

The Hyoho Taisharyu documentary, filmed in the spring of 2014, 
captures a moment in time in the ongoing story of one of the oldest martial arts schools in Japan.
It includes exclusive and penetrating interviews with Eriko Uehara, 
the granddaughter of the late 13th Headmaster 
who is striving to master the art and with the head of the dojo, 
Master Yamamoto Takahiro who has dedicated his life to preserve and now promote this unique, 
pure and almost unknown tradition to both his fellow Japanese and to the wider world.

This film shows many of the skills and techniques of Hyoho Taisharyu.
It includes Kata (pair training with wooden swords), Iai (real sword drawing techniques) 
and Kumidachi (pair training with real swords)

Filming locations of demonstrations and interviews include various areas in Yatsushiro-city, 
Hitoyoshi-city and the Kuma-gun that were associated with the founder Kurando Marume. 
These include: the Japanese National Treasure Aoi-Aso shrine, the remains of Hitoyoshi castle, 
Kanrenji temple and Sokakuji temple.

For anyone interested in traditional Japanese martial arts and culture, 
Hyoho Taisharyu is a film highly recommended. We hope you will enjoy it.

【その他情報】

蔵人やタイ捨流は、雑誌のほか小説や漫画などにも登場しています。

​その一部をご紹介致します。

【ドリフターズ/平野耕太(少年画報社)】

主人公である島津豊久がタイ捨流の使い手。

【武装少女マキャヴェリズム          

   /黒神遊夜・神崎かるな(KADOKAWA)】

 

天下五剣の一人、花酒蕨がタイ捨流の使い手。

【蔵人 VS 柳生宗矩】

 

柳生石舟斎が息子、柳生宗矩が将軍家指南役として天下一を標榜すると丸目は怒って江戸に赴いた。「我こそ天下一の使い手」と立て札を立てて御指南役の柳生但馬守宗矩に一戦を挑んだが、勝ち目が薄い上に勝っても利がないと踏んだ宗矩は「柳生は東の日本一、丸目殿は西の日本一」と言って事無きを得た。また一説によると丸目はこの時柳生家と取引を行い、相良藩にも忍者の組織を持つことを認めさせたといわれている。この後丸目は柳生新陰流に対する挑戦状として使った日本一の立て札を清水寺に奉納した。しかし、これが残っていると天下の柳生新陰流の名に傷が付くとして柳生宗矩は忍びを放って清水寺ごと焼いてしまった。これが江戸時代の清水寺炎上の原因であると言う。この話の後日談である。

【蔵人 VS 服部半蔵】

 

江戸時代に入り、タイ捨流剣術免許皆伝者を棟梁とする相良忍群があった。各組の名称は燕飛・猿廻・虎乱・十手・山陰など現存するタイ捨流剣術居合の術技名。ある時、服部半蔵は配下の血組十六名が、相良藩主が参勤交代の道中である三島宿と箱根関所付近で暗殺を仕掛けたところ、逆に相良忍群の猿廻組と山陰組によって全滅させられてしまったので服部半蔵はタイ捨流剣術裏太刀の凄さに驚いたと云う。その後さらに半蔵の配下が江戸城内において家康に襲いかかろうとしたが、今度は燕飛組に捕り押えられてしまい、逆に半蔵は始末書を燕飛組に書かされたと云う。

これらの事件以降、相良忍群は他の御庭番衆を監視し続け、全国の情報収集を始めとする活動は幕末まで続けられていたと云われている。

【蔵人 VS 宮本武蔵】

 

73歳の爺ちゃんに29歳の青年剣士。
しかもあの巌流島で佐々木小次郎をやっつけて一番意気があがっておる宮本武蔵が一つお手合わせをとやって来た。
丸目蔵人はそれまで畑を耕していた。
そこに宮本武蔵が来てひとつお手合せをお願いしますと言う。とたんに今まで聞こえていた蔵人の耳が急に聞こえぬようになります。今まで聞こえておったのが、とたんに「何じゃ? あ、そうか腹へったか、おいでおいで。」「いや、一手お願いします。」「遠慮するな。芋粥なりと進ぜよう。」と家に連れていった。
囲炉裏の火の上には鍋がかかってごとごとごとごと。それを蔵人自ら芋粥をついで渡す。武蔵は少しも油断せず芋粥を食う。蔵人は平気で芋粥を食う。食ってしまうと、また畑に行くといって鍬をかついで出てゆきます。そしてこちらが家、こちらが馬屋。家と馬屋の狭い通路を蔵人は鍬をかついでひょっこひょっこ。73歳の老体が歩いていくわけです。宮本武蔵もその後から油断なくついて行った。
中ほどまで行った行った時にパーッと振り返った蔵人。肩の鍬を頭上に振り上げた。武蔵は左右が狭くて刀が抜けません。ましてや二刀の剣抜くわけにはいかん。蔵人は鍬で今にも打ちかかってきます。だかさすが宮本武蔵。タッタッタッターッと後ずさって出口まで行って身構えた。ところが蔵人はその様子を見てニタッと笑って向こうに行ってしまう。
それから後をついて行ったらもう黙―って畑を耕している。そこで宮本武蔵は「無敵、遠く及ばず」「ご教示、心根に徹しましてござります」と言って何処へともなく去って行った。